第4回 列車に揺られシンガポールに行く

 鉄道は敷設に時間と費用がかかり、特にどの国も歴史や政治、戦争と関係していることが多い。タイの鉄道も同じだ。

 ただ、タイの鉄道は日本とはまったく違い、全土を網羅していない。なにより、敷設総距離がタイ国鉄開業から数年後の一応の完成形からほとんど変わっていないという、とてつもなく古いものという点は、タイ好きならぜひとも注目してもらいたい。「タイランド・エリート」のメンバーの中で時間に余裕がある方は、タイの鉄道に揺られてのんびりと旅をしてもらいたいところ。ここではそんなタイの鉄道という交通手段を見ていこう。

タイ国鉄の歴史が興味深い

 タイの鉄道史は1800年代に始まっている。タイ国鉄開業は1890年(現在の組織の前身となる団体の創業)。日本は1872年に運行が始まっているので、タイ鉄道史も日本に劣らない。現在線路の敷設総距離は4000キロを少し超えるくらいで、東南アジアでは発達している方ではある。しかし日本とは違い、東北地方の一部、北部チェンマイとバンコク間、南へはハートヤイを結ぶだけで、とても「交通網」とは呼べない。

タイはイギリスやドイツから鉄道技術を導入。その後、欧州列強国からの植民地化を避ける交渉材料に鉄道が利用された。タイを奪われないために英国やフランスがタイの鉄道を利用することを容認したという。

第2次世界大戦中はタイは日本と同盟にあった。そのため、旧日本軍はタイ政府に兵器などの供与のほか、鉄道にC56型蒸気機関車を持ち込んだ。製造されたC56のうち100番より若い製造番号はほぼすべてがタイに来ている。さらに、終戦時にタイ政府は連合国と交渉して連合国側に入り、敗戦国になることを免れている。これはアメリカが後押ししたとされる。なぜなら日本を占領したいアメリカは日本が食糧難になることを予測し、タイの米を日本に運ぶことを考えたからだ。戦後配給された「外米」とはタイ米のことだ。

とはいえ、タイも戦争で疲弊して余裕はない。そこでタイ米と蒸気機関車や貨物車が物々交換された。戦後も日本製機関車がタイに入っている。しかも、それらのうちの数両はいまだタイ国鉄が整備し動く状態にある。C56は映画『戦場にかける橋』で知られるカンチャナブリ県のイベントで年1回走行するし、戦後製造のパシフィック型機関車は年に6回の国鉄イベントで乗客を乗せて走行する。

このようにタイの鉄道は日本とも関係があって、とても興味深いのだ。

国鉄はこう使う

切符は当日、駅で取ることもできるし、窓口で事前予約も可能だ。この記事が出るころにはタイ国鉄の中央駅がホアランポーン(正式にはバンコク駅)からバンスー駅に移転されているかもしれない。そこで窓口がどうなるかはわからないが、ホアランポーン時代は外国人用窓口があったので、多少英語も通じた。

気をつけたいのは日本と違って、乗車後に運賃を払うシステムがない。タイ国鉄は運行する車両に必ず1人以上の警察官が乗務している。切符を持っていない場合は警官に罰金を払うことになる。といっても、日本円にすると数百円もしないので、運賃を払うよりは高いけれども、罰金という感覚がどうしても希薄になってくるのだが。

窓口予約は必ずしも出発駅でなく、最寄りの国鉄駅でも可。今はネットでも取れるようになった。タイ国鉄のホームページ(https://www.railway.co.th/Home/Index)や、国鉄直営のアプリから予約ができる。以前はネット予約と支払いが別々のアクションになって不便だった。今はどうなのか確認できていないが、少なくともホアランポーンの外国人窓口ではクレジットカード払いも可能だった。

古都アユタヤ行きなら予約もいらず、3等車の安い車両で十分。予約する必要があるのは寝台車などだ。バンコクからだと南部や、隣国ラオスに行くための東北最終駅ノンカイに行くときに使ったりする。運用はその都度なのでもしかしたらもうなくなっているかもしれないが、バンコク-チェンマイ間は日本のブルートレインが使われていた。外観カラーこそタイ国鉄のムラサキになっていたものの、中は日本語があふれていて、個室は2000バーツ超と高かった分ベッドも広くて快適だった。

これからのタイ国鉄の魅力

タイ国鉄は万年赤字企業とも言われる。乗車賃があれだけ安ければそうなるでしょう。そんな中でタイ国鉄が打ち出す策は、国鉄の高速化だ。スワナプーム国際空港からBTSパヤタイ駅まで走る高速電車があるが、あれは国鉄の運営になる。だから、一応高速鉄道の運用経験は積み始めてはいる。

チェンマイや東北部への新幹線のような高速列車導入のため高架化しているが、現状はバンコク北側のドンムアン国際空港近辺までしか高架化は進んでいない。ただ、もし高速化が本当に実現したら、チェンマイも3時間くらいで行けるようになる。今だと寝台列車で12時間くらいかかるので、大幅短縮である。国鉄は遅延も多い。単線箇所が多いので、列車が行違うためにいちいちどこかで待機する必要があるからだ。高速化あるいは高架化、せめて複線化がもっと進めばさらに国鉄は便利になる。

東北部の高速線はラオスと、ラオスからは中国にも繋がるという。雲南省の省都である昆明からバンコクが列車で旅できるということになるのだ。2021年12月にはラオスの首都ビエンチャンから貨物列車のテスト走行が始まったようだ。最大時速160キロで走ることができ、ビエンチャンから中国国境までわずか3時間で到達できるという。現在はラオス国内の試験運行のようで、国際列車の発着はまだまだ先になる見込みだ。タイの方がずっと建設が遅れているので、バンコクから昆明に行けるようになるのはあと何十年先のことやら……。

高速化とは別に、タイはすでに外国へ行ける列車を運行している。世界的に有名なのは、オリエント急行が運行する国際列車『イースタン&オリエンタル・エクスプレス』だ。バンコクからマレーシアを通過してシンガポールまで行ける豪華列車になる。運行は季節や時世によるのでいつでもというわけではないようだが、これは実に興味深い。ほかには、旅客向けに運行されているのかどうかは不明だが、カンボジアのプノンペンまでの鉄道もバンコクから出ている。

鉄道も高速化、あるいは国際化が当たり前。タイの国鉄は特に今そのスタート地点に立っているので、新旧を同時に見られるチャンスでもある。

バンコクにいるならBTSとMRTは必要な乗りもの

 バンコク内と隣接する県に延びているのが、スカイトレイン(BTS)と地下鉄(MRT)だ。MRTは沿線先は高架線になっているので、もはや地下鉄と呼ぶこともおかしいかもしれない。

 BTSは開業当初こそガラガラだったが、今はラッシュアワー並みに人が乗っている時間帯もある。地下鉄はローカルのエリア、すなわち下町を結ぶ路線なので、朝夕のラッシュアワーがギュウギュウ詰め。改札からホームにすら降りれないこともある。

 乗り方は日本と同じ。切符を買って、自動改札に通して乗る。ただ、通常の券売機はコインしか使えない。札を使えるマシンもあるが台数が少なく、BTSは窓口で両替をしてから買うという手間がある。MRTは窓口でもチケットが買える。

 タイ人や在住外国人はプリペイドカードを使用する。窓口やアプリから課金。最近は「LINE」の電子マネーなどと連動して使うこともできる。長い距離を何回も使うという人は回数券タイプのプリペイドもある。ただ、タイランド・エリートのメンバーなどはBTSでいうなら『ラビットカード』というプリメイドにするといい。必要金額を課金しておいて使う。日本と違い、20バーツ程度のオーバーなら仮払いにしておいてもらえ、あとで課金するときに引き落とされるなど、融通も利く。最近はコンビニや提携ショップでも利用できるようになってきたので便利だ。

 納得いかないのは、運営企業が違うとはいえ、BTSとMRTのプリペイドカードが共通ではないこと。一緒にしてくれたらかなり便利になるのだが、そこはタイらしく、提携する気はないようである。

筆者紹介

高田胤臣(たかだたねおみ)1977年東京都出身。1998年に初訪タイ、2000年に1年間のタイ語留学を経て2002年からタイ在住。2006年にタイ人女性と結婚。妻・子どもたちは日本語ができないため、家庭内言語はタイ語。
現地採用としてバンコクで働き、2011年からライター専業になる。『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)など書籍、電子書籍を多数出版。書籍、雑誌、ニュースサイトなどに東南アジア関連の記事を寄稿中。

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