第1回目 タイ移住ではタイ料理に慣れるべきその理由

「タイランド・エリート」での移住であれ、ほかの方法でタイに長期滞在する場合であれ、タイ特有の料理であるタイ料理には慣れておいた方がいい。日本でもここ数年でタイ料理店がかなり増えたが、やはりタイで食べるのとは違う。

 タイ料理は辛いという先入観、パクチーが苦手という人もいるかもしれない。でも、タイ料理は辛いものだけではない。辛さは味覚ではなく痛覚なのだという。そのため、慣れ親しんでいないと食べることはできない。タイ人でも辛いものが食べられない人だっている。パクチーもまたタイでできたものは鮮度も畑も違うので、日本のそれとは違う。

 ただ、移住に際して必ずしもタイ料理を食べる必要はない。タイは和食ブームから日本料理店が多数あるし、バンコクは国際都市なので世界中の料理が食べられる。しかし、やはりおいしく、かつコストパフォーマンスにも優れているのがタイ料理なのでおすすめしたい。今回の連載はそんなタイ料理についての基本的なことを紹介していく。

タイ料理の大きな特徴は「辛い」だけではなく

「タイ料理」とは、タイで食されるタイ独自の料理だ。地方ごとに大きな特色があり、ひと口で言い表せないほど奥深い。タイ料理を大雑把に定義すれば、タイの気候とタイ人の胃腸に合った料理だ。

タイ料理最大の特徴は味が濃いことだろう。気候に関係するのか、塩味、甘さ、辛さ、酸味を強く盛り込んで混じり合わせることでより深い味わいを出している。

さらに特徴的なのは「サムンプライ」と呼ばれる香草類を使うことだ。日本で定着したパクチーもその一種だし、タイ料理で最も有名なメニューの「トムヤムクン」は数種類の香草でスープの味が成り立つ。ほかにも多種多様なサムンプライがタイでは利用されている。

 一般的な日本人が思い描くタイ料理は「辛い」だろう。昔日本では民族料理や辛い料理をまとめてエスニック料理と呼び、まだマイナーだったタイ料理も日本ではそのひとつでしかなかった。そのイメージがいまだにあるのだろうが、これは大きな誤解。高温多湿の中ではトウガラシが胃や身体を活性化する。ただ、全部が辛いわけではない。あくまでも和食と比較すれば辛い料理が多いというだけだ。

 タイ料理の興味深さは発展の過程にもある。多くの国と陸続きであり、昔から国際貿易都市だったこともあって、タイ料理は多くの外国の影響があるのだ。

一般的なタイ料理である「タイ中央部料理」

「タイ料理」は広い意味だとタイで食される料理全般のことで、意味合いを狭めるとタイの中央部料理を指す。バンコクを中心とした地域のタイ料理だ。まあ、中央部料理と言っても、我々がイメージする一般的なタイ料理を想像してもらえばいい。

そんなタイ中央部料理は特に中華料理の影響が強い。中でも、今のバンコクに暮らす華人は多くが潮州からの移民の子孫なので、広東省の潮州県で食される潮州料理の影響をかなり受けている。

その証拠に、料理名が中国語そのままの場合もある。たとえば、タイの国民食ともされる米粉麺「クイッティアオ」は語源が完全に中国語だ。潮州県では米粉麺を「粿条」と書き、この読み方はなんと「クエティオウ」だそうだ。これがタイ語訛りになってクイッティアオになった。

タイ中央部料理は主にタイ米が主食だ。細長いインディカ米で、上級タイ米はカオ・ホームマリ(ジャスミン米)と呼ばれる香り米になる。タイ米は日本米と比較すると粘り気が少ない。一見、タイ米の方が低カロリーなイメージだが、実は同量の米ならカロリーはほとんど同じ。ただ、タイ米は日本米より消化されにくいので血糖値が食事直後に急激に上昇せず、日本米よりも健康にはいい。

全土的に広く好まれるのは東北部料理

 タイ全土で身近なのが東北部料理、通称「イサーン料理」だ。東北部はイサーンと呼ばれ、バンコクにもイサーン出身者が多く、この系統の料理が多い。もはやタイ中央部料理よりもイサーン料理の方がよく目に入ってくる。屋台は確実にイサーン料理の方が多いだろう。

 イサーンはかつて隣国ラオスの領土だった時期もあって、ラオス料理に共通する部分が少なくない。ただ、当のラオスはベトナム戦争のころにあった革命で料理の発展が停止し、ラオス人からすればイサーン料理とラオス料理は別物、イサーン料理の方がおいしいのだとか。

イサーン料理の特徴は辛い料理が多いこと。味つけも比較的濃い。ナンプラーや砂糖、トウガラシを多用し、さらに煎り米の粉を使った料理も少なくない。魚は特に淡水魚が用いられる。プラー・ドゥックといったナマズの一種、プラー・チョンと呼ばれる雷魚もよく食される。

淡水魚といえば、タイ王室が広めたティラピアはタイ語では「プラー・ニン」と呼ばれ、このニンは「仁」、すなわち日本の上皇明仁を指す。なぜなら、上皇明仁が皇太子時代にラマ9世王にティラピアを贈ったことがきっかけだからだ。

 イサーン料理は主にもち米で食べる。もち米は手で食べることが基本。イサーン人はひと口分を小さくつまんで固め、料理の汁に浸してから食べる。このときにもち米がぱらりと崩れ、米粒が汁に残るのはマナー違反だそうだ。

麺料理が人気のある北部料理

 タイ北部料理はもちろん北部で食べられる料理だが、イサーン料理ほど全土的にメジャーではない。料理によっては隣国ミャンマーの影響を受けていたり、人種としてのタイ人(タイ族)は何百年もの大昔に中国から南下してきた民族とされることから、中華料理の影響も受けている。

 北部料理の代表は麺料理「カオソーイ」だ。ココナッツミルクを入れたカレー・スープが特徴で、柔らかい鶏肉が入っている店が多い。麺は小麦麺で、外国人でも食べやすい。バンコクには近年になって北部料理店が出始めているが、それ以前はほとんどなく、逆に北部に行く楽しみだったものだ。

タイ北部は12月1月くらいは日本の秋口くらい、山岳部は冬くらいに寒くなる。そのため、食材入手が困難な時期もあり、北部は特に保存食としての発酵食品が発展しているのもひとつの特徴。日本の納豆に似たものに「トゥア・ナオ」(腐った豆)と呼ばれる調味料があるくらいだ。

 あまり知られていないが、北部でも主食はもち米である。イサーン人よりもち米を食べるとも言われる。北部もラオスが近く、ラオス料理の主食がもち米であることから、その影響があるのかもしれない。

スパイスが効いた料理が多い南部料理

 南部料理における最大の特徴はやはりイスラム料理の影響だ。マレーシアが隣接していることもあるし、大昔はマレーシアの国境付近はパッタニー王国というイスラム系の国があったからというのもある。そんな南部料理はかつてはバンコクでは完全なるマイナージャンルだった。2000年代に入って一時期南部料理がバンコクでブームになり、今はかなり定着している。

 南部料理はイスラム料理、マレーシアのマレー料理の影響が強いため、ココナッツが多用されること、スパイスがかなり効いているという点が大きな特徴だ。一般的なタイ料理の辛さは主にトウガラシの辛味だが、南部料理はインド・カレーのようなスパイスが主体となり、辛さの理由が違う。一般的タイ人はトウガラシの辛さに慣れているので、スパイスの辛さが苦手だったことが、バンコクでマイナー料理だった事情だろう。いずれにしても、ボク個人の感想では南部料理が一番辛いと思う。

南部料理も中華の影響もある。バンコクは潮州料理の影響が大きいが、南部は福建省や海南省からの移民が多く、そのエリアの影響が強い。日本人に人気の鶏肉ご飯「カオマンガイ」は海南島がルーツで、バンコクへは南部を経由して入ってきたという説もある。

 このようにタイ料理は、いろいろな歴史と国が大きく関わっていて、ひと言では語りつくせない。だからこそ、そういった歴史も肴にしながら、タイ料理を味わってほしいと思う。

筆者紹介

高田胤臣(たかだたねおみ)1977年東京都出身。1998年に初訪タイ、2000年に1年間のタイ語留学を経て2002年からタイ在住。2006年にタイ人女性と結婚。妻・子どもたちは日本語ができないため、家庭内言語はタイ語。
現地採用としてバンコクで働き、2011年からライター専業になる。『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)など書籍、電子書籍を多数出版。書籍、雑誌、ニュースサイトなどに東南アジア関連の記事を寄稿中。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事