第3回「日本ではできない? タイは医療ツーリズムの受け入れ国」
一般的な日本人は工業力やサービスなど、なにもかも日本が世界一優れていると思いがちだ。特に医療はそう思いがちだと感じる。確かに日本の医師は優秀で、医学的にも優れているものが少なくない。しかし、だからといってアジアで一番と考えるのは早計だ。実はタイにも優れた医療分野があるし、中には日本を超えるものも少なくない。
当然ながら、法令もまた日本とタイでは大きく違う。薬事法なども違うわけで、タイで処方できる薬、治療が日本では受けられないものであれば、それは移住者にとっても大きなアドバンテージになる。
「タイランド・エリート」を利用してタイに移住・長期滞在を考えている人はほとんどが健康に自信があって、タイをエンジョイするためにやってくる。とはいえ、中には治療を視野に入れて利用する人もいるかもしれない。実際タイ政府は海外向けに、治療のための訪タイ、つまりタイへの医療ツーリズムを推進しようとしている。それくらい、タイの医療は他国と比較してもトータル的に優れているといえる。
タイが日本より優れている医療分野
タイが日本よりも優れた医療分野を持っていると聞いてピンと来る人は案外少ない。ただ、旅行でタイを訪れた際に、海外旅行傷害保険に加入した方などはふと「あれ?」と思ったことはなかっただろうか。歯科治療だけはカバー外ということが普通だ。日本なら保険証で治療できるのに、である。盲腸など、実は海外では高額になる治療がいくつかある。数百万円にもなるにも関わらず、海外旅行傷害保険はそんなケースでもキャッシュレスで治療を受けることができたりする。しかし、歯科だけは使えないことがよくある。
タイのデンタルクリニックはすべて自由診療だ。日本は保険適用なので点数制になっているため、医師はその点数に見合った内容しか治療しない。タイは自由に料金も決められるので、いろいろなサービスや最新技術を駆使して治療にあたる。患者にとっては料金が高くなるものの治療に制限がないので、医師の技術が向上しやすい。実際、日本の歯科医師や、デンタル医療機器のメーカー営業担当者が口を揃えて「タイの歯科医師は日本よりも腕がいい」と言う。
技術面で見ると、タイの性別適合手術も世界的に知られている。昔でいう性転換手術だ。性同一性障害の方がタイで手術を受けることは多い。この適合手術における最先端は欧米ではある。しかし、タイは物価の関係や件数の多さから治療費がかなり安い。安いからさらに患者が世界中からやってきて、医師のオペ数が増えて経験値が上がる。安くできる上に医師の技術も高いので、コストパフォーマンスが高いと評判になって、さらに患者が集まるという好循環になる。
医師も自由診療の中で多数の性別適合手術を行うので、かなり儲かる。そして、タイ人医師が優れているのは、その儲けを自分の資産として貯め込まず、先端技術を開発する欧米へ勉強に行く。こうすることで最先端の治療が日本などよりもずっと早く、かつ高度に導入される。これはタイの医療各分野で行われていることだという。
このエピソードだけでもタイの医療が優れ、かつタイ政府が医療ツーリズムを押し出す理由がわかることだろう。
世界的に見ても珍しい大麻医療の解禁
タイの医療水準の高さと薬事法などの違いは詳しい人には昔から有名だったようで、10年以上前にある病院の日本人通訳と話をしていたら、その病院だけでも数人ほど、日本人高齢者がガン治療のためにタイに滞在しているということだった。言葉に不安があるし、なにより慣れないタイ。それでも、日本では万策尽きて治療ができなかったり、できても医療費が高額で払えないということで、たったひとりでバンコクに来て暮らす人たちがいたそうだ。
これはあくまでもその通訳個人の行動だが、その人はやはり不安を抱えてひとり暮らしをするそういった方々を心配して、たまに外で食事をしたりしていたそう。この方は日本人だが、ボクの個人的な見解では、タイの医療関係者は優しい人が多い気がする。タイは看護師の給料は高くない。それでも不規則なシフトで重労働をするのは、奉仕の精神が高いからなのかなと思う。非常にタイらしい。
日本では受けられない治療の中で今最も注目するべきは医療大麻の解禁だ。日本どころか、世界中でも例が少ない決断で、すでにタイでも医療大麻の専門科がいくつか各地の病院などに創設されている。大麻はやはり麻薬としてのイメージが強いが、様々ある成分の中で、精神を酩酊させる成分が麻薬として重宝される一方、酩酊はしないけれどもアルツハイマーやいろいろな病気に効果がある成分も含まれていると期待されている。
ただ、これまでタイでは違法薬物のひとつとして見られていたこともあって、まだまだわからないことだらけであるのも事実だ。大麻の中にはたくさんの成分があり、どれがどれだけの量でどのようにどんな病気に効果があるのかはまだまだ研究段階にある。外国人を含め、一般の人々の中には誤解も多く、認可されていない栽培大麻であったり医薬品であったり、また専門家ではない医師もいたりなどもあって、現状は研究費用が多い大きな病院などが安心のようである。
とはいえ、日本では治療方法すらなかった病気にも対応できる可能性があるので、持病がある方には朗報だ。大麻医療を含めて医療ツーリズムは、タイが今東南アジアで一番期待できる国である。
医療ツーリズムのコーディネーターもいる
治療期間が長引く場合、タイランド・エリートを利用して病院に通うのもひとつの手だ。ただ、心配な点がひとつある。通訳のいる大きな病院で日本ではできない治療を受けるのならばいいが、専門科がそういった病院になかったらどうすればいいのか。
そこはタイだ。医療ツーリズムを進めるタイ政府に抜かりはない。すでにタイで暮らしている日本人たちもたくさんいるわけで、なにかしらの受け入れ先がある。要するに、医療を目的とした旅行を専門取り扱う旅行社や、コーディネーターが存在するのだ。その病院に通訳がいなくても、専門知識を持った通訳が同伴してくれたり、タイ到着から出国までつきっきりで対応してくれるサービスも出てきている。すでに医療大麻を受けるための旅行者を案内する、日本人経営の専門会社も設立されているほどだ。
日本人には日本人コーディネーターがベストではあるが、稀に適切な免許を持っていなかったり、つまり違法操業の場合もあるので注意は必要。しっかりと連絡を取り合い、認可をタイ政府から受けていることが確認できれば、安心していい。タイは医療関係の法令や認可は日本以上に厳しい面もあるので、タイ政府から間違いなく認められていれば安心感が高い。
タイは外国人の治療ができるくらい医療水準が高いわけなので、移住の際の心配はほかの国よりもしなくていい点は優れている。何度も書いているが、ただしバンコクだけ、というケースもあるので、無計画に移住するのではなく、ある程度自身のスキルと健康面を考慮し、しっかりと近隣病院のレベルを見た上で移住計画を立てるべきだろう。
高田胤臣(たかだたねおみ)1977年東京都出身。1998年に初訪タイ、2000年に1年間のタイ語留学を経て2002年からタイ在住。2006年にタイ人女性と結婚。妻・子どもたちは日本語ができないため、家庭内言語はタイ語。
現地採用としてバンコクで働き、2011年からライター専業になる。『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)など書籍、電子書籍を多数出版。書籍、雑誌、ニュースサイトなどに東南アジア関連の記事を寄稿中。