第1回目「万が一のときでもタイは安心-タイの医療事情-」

「タイランド・エリート」でもビジネスビザでの移住や長期滞在でも、なによりも考えておかなければならないのは医療だ。ケガや病気といった問題が起きたときのために医療施設や地域の医療レベルをあらかじめ把握しておくべきである。

 とはいえ、タイに関してはその点は安心度が高い。当然ながら、ここは外国であり、日本とは法令や病気に対する考え方などが若干違う。さらに、言葉の壁も普段の生活よりもより高く自身にのしかかってくる。それを考慮してもなおタイは安心感があって、だからこそ多くの日本人や外国人がタイに移住を決めているのだ。今回の連載はそんなタイの病院や医療について見ていく。まずは、タイがいかに医療事情が良好を紹介する。

医師不足? 少なくともバンコクは問題なし

 タイはいまだ全国民に対する医師の数が不足しているとも言われる。日本は約32万人の医師数があり、人口1000人に対して2.4人となる(2016年時点)。これは先進国内ではかなり少ないものの、タイは同年の人口1000人に対してたった0.39人しかいないという統計がある。病院数も全土で1448施設ほどで、病床数は1000人あたり2.3床(2019年時点)。完全に行き渡っているとは言い難いのが事実だ。

 しかし、これは過疎化の進んだ村や人々の移動が困難な山岳奥地までを含んでいる数値だ。バンコク都には先の全施設数の約69%(2020年時点)が集まっているとされる。ほかにも北部のチェンマイや東部のシーラチャーといった日本人が多い街、プーケットやパタヤ、ナコンラチャシマーなどの観光地として人気の地域には大きな病院があって、バンコクと遜色ない治療が受けられる。要するに、大きな街ならば医療に関してはあまり心配する必要はない。

 近年はタイ政府も必要な医師の数を確保するため、大学医学部の充実に力を入れている。タイの医学で最も権威のある大学は国立マヒドン大学で、郊外のキャンパスも広大で、実習施設なども近代的で巨大だ。

 タイの医療レベルは高い水準で、ベトナムやラオス、カンボジアと比較してかなり優れている。たとえば日系企業の駐在員がタイ国内で大病を患っても、バンコク都内のいずれかの病院で適切な治療を受けることができる。ベトナムなどではそれが叶わないことが多く、そういうときは飛行機でわざわざバンコクに移送されることだってある。それくらい、タイの、特にバンコクの医療は高い。

専門科はあらゆるものがあるのが特徴

 タイの医学は現在は主に西洋医学が中心になっているので、日本人にも馴染みがある。連載4回目で詳しく紹介するが、タイ伝統医学も政府に認められた医学として確立されている。いわゆる東洋医学のひとつともいえ、西洋医学の科学的な治療に否定的な人には向いている。

 それ以外にも近年は中国伝統医学も認められている。鍼灸や漢方薬の治療なども受けられるので、様々な治療を試せるというメリットもある。もっと言えば、日本では認められていない大麻医療も解禁され、2020年の頭から実際に大麻の成分を使った治療が始められている(詳細は連載第3回目にて)。

 こういった治療が大小いろいろな病院で受けることができる。国立、私立とあり、また市街地には様々なクリニックもある。女性には美容関連を専門にするクリニックが多数あるし、ダイエット専門、禁煙治療専門などあらゆるものがあると言っても過言ではない。

 タイの場合、大病院では治療を受けると支払窓口近くにある別の窓口で薬を受け取る。日本のように病院と薬局が分かれているということは稀だ。一方で、市街地にある普通のドラッグストアや薬店にも薬剤師などが常駐している。多くのそういった店では、自分で棚から薬を選択するのではなく、薬剤師やそれに準じた店員に症状を説明し、適切な薬を紹介してもらう。ベトナムも似たようなところだが、外国人と見るとボッタクリ価格を提示してくることもある。タイではそういったことはほとんどないので安心だ。

病院に行く方法にちょっと問題あり?

 日本人など外国人が関係するタイ医療が抱える実際的な問題は、おそらく救急搬送の方なのではないかと思う。日本は救急車を呼べば、無料で病院まで連れて行ってくれる。タイも公共の救急車があるものの、圧倒的に数は少ない。そのため、地域住民がボランティアなどで参加する救急救命関係の慈善団体がある。事故や病気の際に彼らを呼ぶと、無料で病院に運んでくれる。しかし、外国語がほとんど通じないのでとても難儀だ。

 私立病院であれば、大きなところは自前の救急車を持っている。有料になることがほとんどのようだが、呼べばあとは自動的にその病院に連れて行ってくれるので安心。問題はバンコクの場合、慢性的な交通渋滞がひどいことだ。深夜ならいいが、日中はどこも大渋滞で、救急車もなかなか来ないし、乗っても病院までが長い。

 そういうわけで、移住の際の住居選びでは医療施設の距離なども確認しておくべきだ。渋滞時はどれくらいかかるのか、雨季に冠水する地域は車が走れるのかなども見ておきたい。日系企業駐在員の家族がトンローエリアに多いのは、日本人学校の送迎車のエリアであるということのほか、いくつもの大きな病院に裏通りから行けるという理由がある。

 いずれにしても、タイランド・エリートなら健康診断のオプションがつくステータスもあるわけなので、それを利用するならば病院と自宅の位置関係は事前に把握しておきたい。

移住の緊張でいつ病気になるかわからない

 タイへ移住を考えるくらいであれば、ほとんどの方が健康で元気なのかもしれない。しかし、タイの暑さはやはり日本人には堪えられないものだ。照り返しも強いし、他方商業施設は凍えるほど冷房が効いている。その温度差に意外と胃腸からやられ、体調を崩していく。健康でも年間を通して常に暑いというのはかなりきつい。また、移住後慣れるまでは自分では気づかなくとも、気持ちが緊張状態にある。そんなときにある日どっと疲れが出ることだってある。だからこそ、タイランド・エリートの健康診断オプションは年1回とはいえ魅力的である。

 事故なども多い。ケガをすることも多々あるのがタイだ。歩道がガタガタで、背が高い男性などは足首を段差でくじいてしまうことがよくある。歩道橋も急で、転落することもあるかもしれない。バイクが歩道を走る場合もあって、引っかけられてしまうことも。常日頃、危機管理をしておくことは、タイに限らず海外移住・長期滞在する場合には必須。そのひとつとして、病院の場所は複数個所を把握しておき、いつなにがどこであっても問題なく対処できるようにしておきたいところだ。

 特にタイが近隣諸国を始め、世界中から見て移住に優れている理由のひとつに、バンコクの大きな病院なら日本語が通じるというのもある。これは次回に詳しく紹介するが、ケガや病気のときは不安が大きいし、日本語話者同士でも聞き間違えれば大変なことをタイ語でしなければならないとなると大変だ。しかし、バンコクには日本語通訳だけでなく、日本の医学部を出たタイ人医師もいるほどなので安心感が高い。

 先の救急搬送も、事故や急患があれば近隣のタイ人が手伝ってくれるという、タイならではの優しさに触れることもできる。もちろん、近隣との交友関係が良好であればの話で。要するに、日常的に近所付き合いがあっていい関係を築いていれば、病気や事故に遭ってもある程度は大丈夫。それもまた、タイの大きな魅力だ。

筆者紹介

高田胤臣(たかだたねおみ)1977年東京都出身。1998年に初訪タイ、2000年に1年間のタイ語留学を経て2002年からタイ在住。2006年にタイ人女性と結婚。妻・子どもたちは日本語ができないため、家庭内言語はタイ語。
現地採用としてバンコクで働き、2011年からライター専業になる。『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)など書籍、電子書籍を多数出版。書籍、雑誌、ニュースサイトなどに東南アジア関連の記事を寄稿中。

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